ちょろまるにっき。

どこにでもいるこたきのぞむくんファンのあれこれ。

キミはわたしのヒーロー

ある程度の期間いわゆる「ジャニヲタ」という生き方をしてきて、明確にこの時だ!とは覚えていないけど「担降り」というものを経験し、現在に至るわけですけども。昔全力で好きだった彼が紅白の優勝旗を持ってるのをテレビの前で見ながら色々思い出しちゃって、せっかくだし今応援してる彼をなぜ本気で応援しようって思ったのかどこかに書き残しておきたいな、と思い立ったので書いてみます。自分自身の備忘録として。

 

 

そもそも、私がジャニーズに興味を持ったのは中3とかそんなもんで、同志の方々からすると遅いほうだと思う。もちろんテレビは見てたし周りの友達にもジャニヲタはそこそこいたから情報は入ってきてたけど、自分がどハマりすることはなくて。むしろ女にキャーキャー言われてるだけの奴らの何がいいの?って思ってた。その後自分がキャーキャー言う女になるなんて思いもせずに(笑)ある日、友だちが誕プレって言って何かがダビングされてるであろう謎のディスクをくれました。

 

そうそれがTimeだったんです。

 

騙されたと思って見てみ?って言われたから騙されたと思って見た。なんか想像してたのと全然違って、「ジャニーズってすげぇ~~~」って一瞬で虜になってしまった、昔からちょろかった。バラエティ番組とかドラマを見てる時からわたしは嵐の中だったら二宮くんのことが好きだったので、コンサート映像を見ても目で追うのは二宮和也。わたしこの人が好きなんだなぁって、これがファンになるってことかって納得して、次の日にはママにファンクラブに入りたいっておねだりしました。(行動力だけはピカイチ)初めて虹を見たとき、こんなに美しい横顔で綺麗な音色を奏でる人は二宮くん以外いないって本気で思った。そこからわたしの嵐ファンとしての人生が始まったわけです。

 

 

 

テレビで見ない日はないくらい彼らは引っ張りだこだったし、誰かがドラマに出て誰かが映画に出てCDリリースして…さすが国民的アイドル、茶の間にいても楽しかった。私が入った時点でFCの会員数はえげつなかったし、コンサートの倍率も凄まじいもので、会いに行くのもひと苦労だったけど、運よく自分の名義がお仕事してくれたり、Twitterで繋がった同世代のお友だちに助けていただいたりでありがたいことに年1回は会うことができてて。冬のヤフオクドームは本当に楽しかった。嵐というか松本潤という男はいつもやることが最先端で、自分でお金を払って買ったはずのペンライトの色を制御された時はびっくりしたけど、自分も演出の一部と化したあの景色、あの美しさは今でも覚えてます。わたしずっと嵐のファンでいよう、担降りなんて自分には無縁だ…って間違いなく思ってたんだよあの時のわたしは。

 

人生何が起こるかわからない。

 

 

ある日、おもしろいテレビが特になくてなんとな~~~く少年倶楽部を見ていました。そこで見つけてしまったわたしのヒーローを!!!!!

 

ジャニーズWESTのことはなんとなく知ってはいた。あのカウコンも見たし、4人が7人になってデビューできたことも風の噂くらいには聞いてたから。でも当時のわたしはB.A.Dと重岡くんしか名前と顔が一致してなくて、ちゃんと歌ったり喋ったりしてるのを見るのはたぶんそれが初めてだった気がする。

 

いや待ってめちゃくちゃおもしろいじゃん!????

 

あとみんな顔かっこいいな!?

 

ごくせんはやっぱりごくせんだな…(笑)

 

これがどの回の少クラか覚えてないけど、とにかく喋ってるのがおもしろくて、やっぱり関西人ってすげえなって思った記憶はある。しばらく見てると、とある子を自然と目で追ってるのに気づきました。あ、私この人のこと好きだ!って思ったんです、二宮くんしか眼中になかったこのわたしが。これが恋か。(違う)お察しの通り、彼こそが元祖恋愛マスター、2.5枚目アイドル小瀧望くんです。

 

少クラが終わって早速ググるわたし。そして衝撃の事実を目の当たりにする。

 

 

えっ、小瀧くんって歳下…( )

 

てっきり歳上かタメくらいだと思ってたのに。え、逆に重岡くんはあれで歳上なの?どーなってんだよ日本は(頭抱)そして悩んだ挙句わたしは小瀧くんのことを見つけなかったことにしようとしました。なぜならその当時「歳下のジャニーズにハマったら終わりだ」って漠然と思ってたから。何が終わりなのかはわからないけど。だから自分の気持ちにそっとフタをしようとしてた、けどそんなの無理だよね。だって少クラ毎週あるんだもん…気づいたら小瀧くんじゃなくてのんちゃんって呼んでた(笑)

 

結局あれよあれよという間にTSUTAYAに行ってCDやらドル誌を買い込んでた(田舎なのでまだ初回盤の在庫あったんだよ)

 

そして次の欲が出てくる。

 

生で会ってみたいなぁ、

コンサート行ってみたいなぁ。

 

そんな時にタイミングよく決まった初の全国ツアー パリピポ。ここで念願の初対面を果たすわけですけど。当時就活生だったわたしは日程的に横アリしか行けなくて、初っ端から遠征。まず入ってびっくり、ステージが近い!!ドーム慣れって恐ろしいって思った。コンサートは思ってた通りめちゃくちゃ楽しくて、途中1年目お仕事メドレーとやらをやっててA・RA・SHIを踊るWESTが見れたのが嬉しかった。その時は嵐もWESTも同じだけの熱量で好きだったし、なんなら気持ちの踏ん切りがついてなくてわたし的にはまだ掛け持ちはしてない、ばりばりの嵐ファンだったから。

 

でも気づいたら就活の移動時間もジャニーズWESTの曲ばっかり聴いてて、あんだけ毎週必死に見てた嵐のレギュラー番組を見ない日が出てきたんですよ…人って変わるんだな。それに中途半端なのはWESTさんにも失礼かな、って思ってちゃんとジャニーズWESTも好きって言うようになった。たぶんこれが2015年6月くらいかな。

 

 

ファンをはじめたはいいけど、ここでひとつ大きな壁にぶち当たりました。それがいわゆる「劣等感」みたいなもの。デビューまでが長かった彼らにはJr時代からずっと応援してくれてるファンの人たちがいて、その人たちはデビューの時にあった色々とか彼らがどんだけ辛い思いをしてきたのかを実際に知ってるわけで。わたしはデビューしてから好きになってるから雑誌で語られた「できごと」としてはそれを知ることができていても、リアルタイムでそれを感じることはできなかった。そこに大きな差を勝手に感じてしまって、今でもそれは消えてないけど、本気で応援するのってこんなに苦しいんだって初めて知ったのもこの時。嵐だって最初からファンだったわけじゃないのにこんな気持ちになったことなんて一度もなくて。こればっかりはタイミングだしファンを続ける限りこの劣等感とは付き合い続けなきゃいけないって覚悟したし、今現在はある程度割り切れるようにはなった。この数年後、聖夜に京セラドームに立つ彼らがその劣等感をほんのちょっとだけ軽くしてくれた、わたしにとってあのJr時代メドレーはすごく大きな意味があったし私と同じようにな思いを抱えてるファンのことを考えてくれた淳太くんがコンサートドキュメンタリーで語ってた言葉はいつ聞いても泣いてしまう。わたしジャニーズWESTのこと好きになってよかった!!!!!

 

 

WESTのファンをやってたら関西ジャニーズJrに行き着くのは時間の問題で、わたしももちろん思いました、松竹座に行きたいと。そして行っちゃうんです夏の松竹座、少年たちへ。初めて入った時の感動は凄かった。これが噂の松竹座ですか!!!ってなった。しかも2015夏ってあれですよみなさん西畑大吾くんがGimmick Gameを歌ったあの夏ですよ。

 

忘れもしないけど、松竹座に来る人たちは二宮くんのソロ曲なんて知らない人がほとんどでみんなポカンとしてたわけですよ、そんな中わたしはノリノリ、だって一応二宮担だから。そんな教祖と信者の話はここでは割愛するけど、この頃から「ステージに立つ人と客席の距離が近いっていいなぁ」って思い始めてた。広いところで最新技術を堪能するだけが全てじゃないんだなって。

 

 

でも二宮くんを降りるとははっきり言えないまま時は流れ(笑)学生最後の四文字に突き動かされて各地に赴いたり大寒波の福岡公演を経験したことで個人的にジャニヲタ人生の転機になったラッキィィィィィィィ7。信じてもらえないかもしれないけど、嵐では九州出たことなかったんだよ?毎年毎年ヤフオクの住人だったのに、ジャニーズWESTのためなら多少金銭的に無理しても横アリも行ったし広島も行ったし。あの冬を経て純粋に「ジャニーズWESTのファン、小瀧望のファンやるの楽しい!」って思うようになって。わたし本当はめちゃくちゃ声出して踊ってってやりたい人間だったんだなぁと気づいた。(遅すぎる)

もちろん嵐のコンサートの時だって声は出してたし踊れるところは踊ってたけど、それでもやっぱり「観る」部分が多くて。だから最初っから最後まで自分もはっちゃけて観客なはずなのに本人たちに負けないくらい終わったあと疲れてる自分がいるのが楽しくて楽しくて(笑)

 

そんなわたしの担降りの一番のきっかけになったのは母と行った嵐のアリーナツアーでした。先にも述べた通り、嵐は昔からのファンってわけじゃなくてドームか国立競技場でしか会ったことないから、横アリなんて狭いハコで見たら感動するだろうなぁって思いながらドキドキの顔認証をパスしたわけですよ。で、いざ公演が始まってみるとそのワクワクが消えちゃって。横アリ自体はWESTで何度か来てるから会場には慣れてるはずなのになんか違和感を感じて。

 

ドームより近いはずなのに嵐が遠かった…。

 

違和感の正体はこれか、と。いや当たり前だけど物理的距離はドームより全然近いはず。だけどすごく5人のこと遠く感じてしまって。それはわたしの気持ちにも問題があったと思うけど、WESTはあんなに近くに感じるのに…ってどこかで比べてしまってて、その時に「あ、わたしはもう嵐ファンじゃないな」って思った。ちょっと前までは席なんてどこでもいい、1回でいいあの空間に入れればって思ってた奴が「遠いな」って言うんですよ。わたしも贅沢になったもんだ。それはきっと国民の友だちの良さを知りすぎてしまったから。わたしがファンをやめたところで嵐さんにとっては痛くも痒くもないだろうし、わたしが応援しなくても二宮くんのことを応援してくれる人は山ほどいるし。だから二宮くんのことを一番に応援しなくてもいいかなって思って。そこでちゃんと担降りしようと決めました。もうだいぶ前から一番は二宮くんじゃなくなってたけど。

 

あともう1個担降りの決め手になったのは某女子アナとの報道ですね(笑)この期に及んで二宮くんに彼女がいるなんて…とか思ったわけではなくて、この歳にもなってプライベートの管理もちゃんとできてないおじさんにだいぶ呆れてしまった。アイドルっていう仕事を選んだ以上そういうことを表沙汰にせずに隠す責任はあるわけだし、それができない人のことをとても応援し続けようとは思えなかったのが本音。彼女がいるのは別に構わないけど、アイドルという職業に協力してくれない女を二宮くんは選んだんだっていう事実がなんかすごく悲しかった。小瀧くんにはどうかプロ意識の高いアイドルでいてほしいと願ってる…頼んだよ…

 

 

 

とまあここまで色々書いてきたけど、わたしがジャニーズWESTやら関ジュやらを応援し続けてる理由は

 

楽しいから!

 

のひとことに尽きる。(結局)(語彙力の無さ)

 

コンサートに関しては踊れる曲が多いのもそう、かっこいい、かわいいだけじゃなくて笑いがいっぱい詰まってるのもそう。一緒にコンサート行ったことある人ならわかるだろうけどわたしずっと動いてっから(笑)でもそんなふうに踊ったり声出したりするとその分だけ何かしら返ってくる楽しさもあって。ファンサービスっていうひとことにまとめちゃうともったいないくらいだけど、色んなアクションが返ってくる嬉しさを知ってしまったらもうここからは抜けられない。わたしだって構う女は顔見て選んでるって思ってたよ、でも実際違った。目立ってなんぼ、騒いでなんぼだった←

 

あとはメンバーに関わらずひとつひとつのお仕事を全力で喜べるところ。嵐ファンだった時はドラマとか映画に出ることが当たり前になりすぎてありがたさを今ほど感じられてなかった気がする。「仕事があることはありがたいこと」っていう忘れかけてた大事なことを彼らは思い出させてくれた。

 

そして、小瀧くん個人に関していうと、彼はわたしにたくさんの初めてを教えてくれた人。座長、連ドラ出演、ファッション誌のレギュラーモデル、単独ドーム公演、主演映画、尊敬する先輩との共演…その度におめでとうって言えるのがこんなに幸せなことだなんてあなたのファンにならなきゃ知らずに終わってたなぁ。降りるきっかけのところに書いた、わたし以外に応援してくれる人がたくさんいるっていうのは二宮くんも小瀧くんも同じなんだけど、でも今の小瀧くんを見てるとこれからもずっと応援したい、これからもいっぱい初めてを教えてほしい、そしてわたしも一緒に彼の夢を叶えたいって心の底から思える。今のところ「卒業」する予定はないので、ファンを続ける限りこの気持ちは大事にしたい。

 

 

ありがとうのぞむくん、そしてこれからもわたしの知らない景色たくさん見せてね。今年っぽく言うと、わたしの中のプリンシパルは間違いなく小瀧くんだし、あなたがステージや誌面やスクリーンで輝き続ける限りわたしはいつだってヒロインになれる気がするよ。

 

 

念の為書いておきますが、二宮くんのこと嫌いになったわけじゃないので。二宮くんは自慢の元担です。けどピアノを弾く姿が一番かっこいいのは二宮くんって思ってたのに、乗り越しラブストーリーの重岡くんが断トツ1位になりそうなのは謝っときます。

 

 

(いつものぞむって呼んでるから小瀧くんって書くの疲れた~~~)